Ⅰ VITA SEXUALIS

caution

主人公が瀬見の2歳年下の実の妹という設定のため、苗字は「瀬見」固定になっています。また、全編を通して予告なく性描写・反道徳的内容・近親愛の要素を含みますのでご注意ください。




  ――瀬見は天童覚の従順なセクサドールか。

 長い冬のこうらを脱ぎ捨てて、生まれたての春がおぼつかない足どりで訪れた。咲きたての桜にふちどられた、天童覚にとって十八回目の四月。彼は今日、二人一部屋の寮の相部屋を数時間占領するために財布のなかの千円札を数枚はたいた。ふだんであれば相部屋の水泳部のエースはこういうとき持ちつ持たれつの悪友なのだが、今日はたまたま需要が重なってしまい、天童のほうがどうしても譲らなかったのだ。数千円で誰にも気兼ねなく日が暮れるまでこうしていられるのなら安い、と彼は思う。今この瞬間が気持ち良くなければ、生きていることになんの価値もないのだから。

 天童は陽の光をまばらに拡散している薄曇りのつまらない窓の外を眺めるのをやめて、ベッドに転がっていたスマートフォンで時間を確認すると、ようやく自分の足のあいだにぺたりと跪いて丸くなっている生きものに視線を戻した。さっきからもくもくと自分に奉仕しているこの少女。彼女の名を、と言う。

 まじめくさった式日に、真新しいブレザーがすでに打ち捨てられている。皺の寄ったスカートもとれかけのリボンも、つい一時間前にはぴかぴかにしつらえられたものだったのだから、それを思えばなおさらに「良い眺め」だった。退屈な式典をひたすら彼女の欠けらを目に入れてしのいだのだ。これ以上、自分に我慢などという芸当はとうていできるはずもない。たとえ向こう一週間分の食費のアテがなくなったとしても、だ。
 部屋着のトレーナーはもうすっかり洗いくたびれていて、天童は伸びきった袖口からようやっと指先をのぞかせての髪に触れた。彼女の表情を隠すように垂れていた髪の束を、かたちのいい耳にかけなおす。そのついでに耳の裏をいぬころにそうするようにくすぐってみると、はかすかにくちびるを浮かせて痺れを逃がすように息を吐いた。

「上手になったね」

 前髪を撫でながら、特にわけもなくそう褒めてやる。このアングルからだと、の長いまつげの、その人工的な扇状のひろがりが、まるで精巧な飴細工のようにみごとに映った。天童はゆらゆらと髪に触れていた手のひらに少し力を入れて、彼女の頭をもたげさせる。ちゃん。名前を呼んだら、は伏せていた目を羽ばたくようにひらいて、口に含んでいたものもそのままに天童のことをうっとり見上げた。与えられている直接的な刺戟以上に、くるものがある。その表情とか、その態度とか、確かにそれらは天童自身が手間をかけてのあちこちにしつけたものだったかもしれないのだが、そんな基本の「き」をはとっくに超えてしまっている。想定外の流れ弾。撃たれるたび、無類のあまやかな心地良さと悔しさとが、自分の内側をかきむしる。
 舌を這わせて輪郭をなぞるように愛撫を続けようとするを制して、天童は両腕で彼女の上体を引きあげた。両の腋の下を抱えあげた変な体勢のまま真っ赤なくちびるが悪戯の射程内に入ってしまったので、自分からも流れ弾をお見舞いしておこうと、唾液に濡れたそれを荒っぽく塞いだ。舌先を掠める嫌な味。強欲な自分がそこに滲んでる。

「ん、……なに、」
「ごめんね、気が変わった」

 とりあえず口でいかせて、と最初にそうねだっていたから、いきなり四肢を縫いつけるようにベッドに仰向けに横たえさせられて、はうろたえるよりほかないようだった。すっかり油断していたと言ってもいい。無意味なスカートを捲りあげて、ぐずぐずに濡れそぼっていた割れ目を確かめるように指を滑らせる。が声にならない悲鳴を上げたのが分かったけれども、それを恐怖や拒絶だと捉えるような優しい臆病さを天童はまったくもって持ちあわせていなかった。
 今この瞬間がどこまでも間延びして、それをどこまでも小さく刻んで、たった一点の針の穴のような一瞬が濾過される。そんな時間をつないで生きていたい。したいことのなかの、したいことのなかの、したいこと。それをする。どうしようもない自分のわがままに突き動かされて、天童は避妊具の包装を急いて破ると、今まさにが仕立てあげてくれた己れの性器を彼女のそれにあてがった。

「まって、やだ、」

 待てと言われど、やだと言われど、聞く耳を持つような男じゃない。むしろ非難の声が上がるほどに、彼女のなかへと獰猛に腰をしずめていきたくなる厄介な性分なのだ。色々な過程をすっかり飛ばしていきなり押しこもうとしても、なかなかそううまくは進んでいかないものだった。天童は拠りどころのない彼女のために着こんでいたトレーナーをようやく脱ぎ捨て、肌を晒した。途端に、むきだしの背中にはくっきりと爪が立つ。痛みに全身をこわばらせながら、その痛みを与えている張本人に、それでもは必死にしがみつくしかない。激流にあってたったひとつの飛び石。嵐にあってたった一本の止まり木。いつだって天童は、に自分をそういう存在として教えこませていた。

「いたい、いや、あ」
「んー、きっつ……力抜いて」

 ちゃんと入れらんないよ。どだい口で言うだけでは無理な願いであることは承知の上で、痛みに目を回している彼女の頬を撫でながら、ひとまずはそう命じてみる。自分の声が聞こえているのかどうか。伝わっているのかどうか。今、自分が彼女に与えられるのは、この猛烈な痛みだけではなかろうか。天童は腰を進めるたびに苦しげにこぼれるの吃音を耳もとで拾いつ、思う。それはそれで、なんて瞬時によぎってしまう自分に天童は呆れた。まだ自分は彼女のなかへ半分も仕舞いこまれていないというのに。

「ね、いつもみたいに、できるでしょ。ほら」

 そうだ、いつものように。天童の指のはらがおもむろにの首に触れる。すると、様子は一変した。反射的に指から逃れようと首を逸らせたの、うっすらと浮いた喉仏を抑えこむように、天童の片方の手のひらが彼女の首をゆるく締めあげる。たったそれだけのことで、かたく閉じていた彼女の下腹部はふわりとつぼみがひらくようにほどけてしまったのだ。あっ、とが初めて手放しの甘い声で啼く。感じている。は首がめっぽう弱いのだ。息継ぎの自由を奪ってしまえばなおさら、喉もとに鋭い性感と苦痛とが集中した彼女のすきをついて、奥まで、天童はひと息に熱のかたまりを彼女のやわらかな肉のなかへ収めた。さっきまで天童の背中を血が滲むほど引っかいていたの両腕が、だらん、とベッドにずり落ちていく。

「そう、そう。じょーず」

 の力ない手のひらに空いた手のひらを重ねて指のあいだを割りながら、天童は喉を締めつけられて目もとをとろんとさせているのだらしない表情を満足げに眺めた。さっきまでいやいやとうるさかった口はどこへやら。意思を放棄した彼女の顔は、こうして見るとほんとうに人形のようにがらんどうだった。奥まった彼女のいいところを突いてやると、とんぼ玉のようなころっとした瞳に閃光が走る。天童はそれだけ見ればもう充分だったから、首を乱暴に引き寄せるようにして、酸素を求めて喘いでいる彼女の口に噛みついた。酸欠になったら、このまま気絶すんのかな。彼は凶暴な興味に駆られながら、舌を動かし、腰を揺らし続けた。汚い音にまみれた、とてつもなく静かな時間だった。春だな、と天童は頭の片隅で脈略もなく思う。春がきた。初めてと出会った季節が、また二人のもとへと巡ってきたのだ。

「あー……きもちい」

 ひときわ深く彼女のなかへと分け入ったとき、指で撫でていた彼女の喉もとが痙攣でもするようにひくついて、同時に熱をしぼりとられるような強い締めつけが天童を襲った。自分も限界が近かったから、予期せぬ彼女の最後の奉仕に甘んじて、薄い膜一枚を隔てて遠慮なくそのまま精を吐きだしてしまう。天童はようやくの首を解放して、ぐちゃぐちゃの制服に包まれたの熱い半身を抱きかかえた。首にくっきりと容赦なく指の跡がついている。おぞましさから言えば、キスマークなんかよりもずっとたちが悪い。そしてどんな所有の証よりも、天童にとってそれは好ましいものだった。いや、違う。所有の証というよりもそれは、彼女への関係を所有という色に塗り替えるための手形のようなものなのかもしれない。

「むりやりつっこんで、首しめていっちゃうんだもんな」

 今ここで起こったできごとを嘘いつわりなく彼女の耳に吹きこんでやる。ぐったり疲弊しきったにはそんなはずかしめの言葉も威力をもって届かなかったみたいで、はただただ、自分へと落ちてくる天童の視線を辿りかえすのがやっとだった。はりあいがないくらいがちょうどいい。溶け落ちた二人の残がいを拾い集める、こんな気怠い事後は。

「ほんと最高、ちゃん」

 締まりないまぶたにじゅんぐり口づけを落とすと、は安心でもしたのか力尽きたのかそのまま目を閉じて意識を手放してしまった。あっけない、たった一度きりの至福。物言わないの肉体を、天童は申し訳程度にブラウスやスカートをととのえながらまっすぐベッドに横たわらせてやる。ちょっと、むりをさせすぎた。出すものを出して頭に残っていたのはそんな自分本位な反省の念で、そんなものを抱いてしまうくらいならするなと自分にまっとうな苦言を呈したくなるほど、素直にそう思った。だって、いくらでもむりしてくれるんだもんな、この子。天童の獰猛ですらあるわがままと、の意地っ張りのような背伸び。ふたつの螺旋はかたく絡みあっていて、今になってもまだ、ほどけてしまいそうな気配もまるでないのだった。



 ベッドのすみに畳んであった毛布をの肌にかぶせ、天童は音を立てないようにそっとベッドから足を降ろした。窓の外には依然として白くにごった曇り空が停滞している。このすかっとしない空の重たさが春なのだと天童は思う。生き生きとした夏、あでやかに熟した秋、一切が死に絶える冬。そして、得体の知れない何かを孕む春。天童は平和なの寝顔に目を向けて、彼女の額にはりついていた前髪をはらってやった。ふつうにしていれば彼女はまわりの同学年の生徒たちにはけっしてまぎれないし、まぎれようともしない、そんな傲慢な大人びた雰囲気があったのだけど、こうして何もかも取り払って見てみると彼女はただの美しい少女だった。まだあどけない、十五歳の。

「高校入学おめでと、」

 ようやく入学式の当日らしい一言が口から洩れてきて、天童は自分のいさぎよいほどの薄情さに可笑しくなった。今さらすぎる簡素な祝辞が、しんとした部屋に消えていく。

「……聞いちゃいないか」

 彼女が目を覚ます前に食堂の自販機で飲みものを調達してこよう。せめてそれくらいの気づかいは見せよう。そう思い立ち、天童はトレーナーをかぶりなおして、わずか数百円しか入っていないさみしい財布をひっつかむと部屋を出た。寮の自販機にも炭酸飲料があればいいのに。ゆるやかな刺戟をずっとつないでいかないと、どうにも心地良く生きていかれそうにないから。

  ――瀬見は天童覚の従順なセクサドールか。

 ばかを言ってもらっちゃ困る。天童はそう答えるだろう。
 彼女の従順は数枚の千円札で買えるものではないし、ましてあらかじめプログラミングされているものでもない。あるとするならばやはり、それは彼女自身の学びとった心のかたちなのだ。









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2015.12
Ⅱ~Ⅳは過去編